私が「たけうち市長」を応援した理由
北九州市に残っている私がこのまちを、地方から盛り上げたい!
16年ぶりの「北九州市長」「まちのトップ」が交代する重要な選挙。
私が生まれ育った北九州市。就職先でもあった北九州市。
しかし、気づけば「人口減少」「少子高齢化」のナンバーワンとまで言われるようになり、
実際に同級生や兄弟はほとんど市外へ・・・
周りから実際に聞こえる声は「北九州市はオワコンだよ」と。
ショックでした。
北九州市に残っている私がこのまちを、地方から盛り上げたい!と思い、時にはバナナ姫ルナとしても挑戦してきました。
では、市役所組織は何を目指しているのだろう、この街をどうしていくのか。
働く内部は、縦割りで、共通目標もなく、
多くの市職員はまちの課題を俯瞰して、課題解決のために動くことができない。
そんな中で、市民の声や、まちの現状と、市政方針のギャップへの違和感がどんどん大きくなり、
葛藤の日々を超えて、「行動する」と決意しました。
私が市議会議員になった理由は
「市職員で事業に携わるだけでは大きな方針は変えられない」
「問題提起もできない」
と悔しい葛藤があったから。
だからこそ、前市政において、上司であろうと関係なく、ありのままの実態を指摘し、変化を求めてきました。
しかし、16年続いた市政の現状批判となる受け止めは前市長になく、それを認め、支えてきたオール与党の市議たちも一切指摘しない。
一人でどうすれば…とまたもや苦しい壁にぶつかりました。
支持した理由
そこで訪れた16年ぶりの市長交代の選挙。
動かずにはいられなかった。傍観していては「このままで良い」と言っているようなもの。
正直「政策面」においては、有力候補である津森候補も武内候補も違いを感じなかったが、最終的に武内候補は私と話していく中で「現体制を問題視」した「聖域なき北九州改革」を掲げた。
(資料 : たけビジョン「聖域なき北九州改革」)
現状OKでなく課題を受け止めなければ何も北九州市にとってプラスはない。
そういった、そもそもの市政に対するスタンスから大きく共感し、細かな政策も語り合える関係性に期待し、武内候補の支持を決意しました。
その時に、既に武内候補を支え続けてきた三原市議、大石市議に、「覚悟あるなら自民党会派から抜けるべき」と提案し、3人で覚悟を共有し、3人の新会派「自民未来」として合流へ。
市長選へ本格始動。そこで生まれた「こたつトーク」
1カ月半の選挙戦でしたが、私は「よくある選挙運動」の辻立ちや挨拶まわりは苦手。
そんな私に
「好きに活動して良いよ」と言われて、
思いついたのが
「こたつからライブ配信」
することだった。
真冬の街頭演説は候補者だけでなく、有権者だって寒い。それに加えて演説は一方的な訴えで、何も対話がない。私が目指す政治家ではない。
だからこそ、「私もコタツに入っている」ように有権者も「楽に暖かく」聞いてほしい、コメントも欲しい、という皆が楽しく街の未来や課題を考えられる機会にしていくことだった。市長選告示から14日間では毎晩欠かさずに連続こたつトーク。この実施のために、家に帰らず選挙に朝から晩まで没頭した。
実際に、武内候補は街頭演説とコタツに入って話す内容は全く異なる。私が具体的な政策を引き出していく貴重な機会になったと確信している。
その効果は分からないが…武内市長が見事当選!!!